セックスに抵抗感?

女性にとって、Hは我慢するもの?

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セックスに抵抗感?
セックスに抵抗感?

女性誌「non・no」のセックス企画についての記事があった。
こういう企画が、普通に載せられる時代になったのは喜ばしいことだ。オレが若かりし頃は、男性誌であってもストレートには書けなかった記事だからね。

ただ、その内容については、いまだにこのレベルか……というくらい、初歩的というか保守的というか、まだまだセックスに未熟なんだなと思ってしまう。こうなってしまうのは、性教育が遅れていること、セックスについての知識が乏しいことが原因だろう。

情報が氾濫している時代だが、ほんとうに必要な、ためになるセックス情報は少ないということでもある。

「non・no」セックス企画はエロくない!?  女子大生の悩みに寄り添う“真っ当さ”

■セックスそのものに抵抗感あり?

最後に、「誰にも聞けなかった! 実は困ってる『Hのコミュニケーション』」を見ていきましょう。真面目なノンノ女子だけに、性の話題はタブーな感じがしていたので、興味津々で中身をチェック。しかし「Hをしたくない時、どうすれば断れる?」「Hが恥ずかしくて、楽しいと思ったことがない」「Hが“痛い”と感じることが多い」「Hが好きじゃない私。彼を本当に好きではないということでしょうか」などなど、わりと切実な上に、やはりセックスそのものに抵抗感を覚えているお悩みが多いのが印象的でした。

それに伴い回答も、「自分で納得せず、彼のキモチを知るのが第一歩」「周りに合わせず、自分たちらしい形でいい」など回答者に寄り添った真摯なものに。AV女優・佐倉まなでさえ、「痛さに関しては、誰にでもあることで少数派じゃないから安心して。摩擦の痛みを軽減するにはローションが効果的です」と淡々とアドバイスしています。

読んでいても、エロい気持ちが湧いてこない特集でしたが、「男はそういうものだから受け入れよう」「こうした方が男は喜ぶ!」といったような女性側に我慢を強いる方向に若いノンノ女子たちを誘導したり、「もっと開放的になって!」と過剰に性を謳歌するように勧めるよりも、よっぽど真っ当な企画だなあ、と思いました。

ここで特に気になったのは、

女性側に我慢を強いる方向に若いノンノ女子たちを誘導

という部分。
いったいいつの時代だよ……といいたい。
これは昭和の感覚だろう。

現実的なことを書いているのだろうが、女性が我慢するHは、女性にとって楽しいセックスにはならない。そんなセックスをしていたら、セックスを好きにはなれない。男が求めるセックス、男を喜ばせるセックスは、女性が求めるセックスとは必ずしも一致しない。歩みよりは必要だが、それは男女双方が互いに歩みよって、互いにとってよりよいセックスのスタイルを見いだしていく。女性だけに我慢を強いるのは酷な話だ。

セックスそのものに抵抗感を覚えているお悩みが多い

これについても、セックスを「猥褻」とする社会的な風潮の影響だね。
そもそも猥褻という考えかた自体が屈折している。性は隠すもの、性欲は悪いもの、セックスはふしだらなこと……という、ネガティブなイメージを植え付けている。まるで人間であることを否定しているかのようだ。

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普通に性欲のある人は、男女を問わず、セックスへの興味があるし、本能的にセックスが嫌いなわけではない。だが、女性が「セックスが好き」というと、「淫乱な女」というようなイメージを持たれてしまう。
俗に「清純派」と呼ばれるアイドルなどは、「セックスをしない女性」あるいは「処女」であることが暗黙の前提になっている。処女信仰ともいえるこのイメージは、男性視点の価値観でしかない。男性誌には、女性タレントの水着やヌードのグラビアが、当たり前のように掲載されるが、女性を性の商品にしているにもかかわらず、女性はセックスに対して無垢であるイメージを求められている。

逆に、男性のヌード写真などは、きわめて稀だ。女性のヘアヌードはあっても、男性のヘアヌードはほぼ皆無。男のヘアヌードは、ペニスを露出することになるから「猥褻」になってしまうのだ。
ペニスが猥褻とされるから、セックスまで猥褻だと思ってしまう。他人に見られるわけではない、プライベートな空間でのセックスでも、「嫌らしい」という意識が働き、抵抗感を覚える。

こうしたセックスに対する悪い先入観を、払拭することから始めないといけない。
オレはバージンの女性を何人か相手にしてきたが、彼女たちは多かれ少なかれセックスやペニスに対して、猥褻感や嫌悪感あるいは羞恥心を抱いていた。
それは間違った刷り込みなのだが、その呪縛を解いてあげないと、セックスを楽しむことができなかった。

セックスは恥ずかしいことではなく、楽しいこと、気持ちいいこと、積極的に求めていいのだということ。
女性でも性欲はあるし、それは自然であり特異なことではないこと。
セックスしたいと思うことは、心身が健全な証だということ。
ペニスは嫌らしいものではなく、男の体の一部に過ぎないこと。
セックスで、女性は快感になってもいいのだということ。

こういったことを、オレは彼女たちに諭してきた。いわば意識改革だ。
セックスに対する考え方を変えないと、女性は変われない。
男に無理矢理合わせることが、女性の役目ではないのだ。

Hが好きになれないのは、セックスの本当の快感を知らないから。

Hが恥ずかしくて、楽しいと思ったことがない
Hが“痛い”と感じることが多い
Hが好きじゃない私。彼を本当に好きではないということでしょうか

こういう女性は少なくない。
女性のセックスに対する考え方にも一因はあるのだが、楽しいセックス、快感になれるセックスをしていないことが主な原因だろう。
つまりは、相手の男のセックス能力の問題でもある。

おそらく、この女性たちはオーガズムを経験していない。というか、オーガズムを経験できるようなセックスをしていないのだ。それは未熟なセックスであり、男女ともにセックス経験値が低いということだ。

性行痛は、多くの女性が経験する。
記事中にもあるように、ローションを用意すれば解決できる問題。これは女性が用意するというよりは、男が気遣って用意しておくものだ。そういう気遣いのできる男なら、女性に対してもやさしいと思う。
もし、彼がローションを用意していないとしたら、女性の体のことを知らない、理解していないといってもいい。どういう場合に性行痛があるか、その対処法はなにか、どういう手順でセックスすればいいか……など、男が知っておくべきことはいろいろとある。

ヴァギナが「濡れる」というのは、曖昧な表現でもあるため、どのくらい濡れていればいいのか、わかりにくい。
基本的に、ヴァギナは保湿するために、常にしっとりとは濡れている。手のひらのように、カサカサに乾いているわけではない。口の中は唾液で常に濡れているが、舌を出して触ってみた感触くらいには、ヴァギナは濡れている。
しかし、この程度の濡れ方では、セックスでの潤滑液にはならない。もっとたっぷり濡れる必要がある。

愛液でヴァギナがたっぶりと潤う状態……というのは、女性が気持ちよくなって、気分が高揚し、興奮状態になっているときに、愛液が大量に分泌される。
セックスが好きじゃないという女性は、そのような性的興奮状態になりにくい。そのため、愛液が分泌されず、濡れ方が足りないために、ペニスの挿入による摩擦で痛みを感じてしまう。

「セックスのときにヴァギナが愛液で濡れる状態」は、条件反射でもあって、何度もセックスの快感を覚えると、Hな想像をするだけで体が反応して愛液を分泌するようになる。その前提として、オーガズムに至るようなセックスを、日頃からしていることが大切だということ。そうでなければ、ヴァギナはセックスの準備として愛液をたっぷりとは分泌しない。

性行痛は初体験のときに感じるだけのものではない。セックス間隔が開いて、月に一度とか数か月に一度しかセックスしていないと、久しぶりのセックスで痛みを感じることがある。ヴァギナは使われないと衰えていく。運動不足で体力・筋力が衰えるのと同じようなことだ。

適度な頻度でセックスしていれば、痛みは感じなくなる。適度とは、理想的には2〜3日に一度だが、週に一度はした方がいい。数ヶ月単位で間隔が開いてしまうと、ヴァギナの衰えだけでなく、男性のセックス能力(勃起能力)も衰えていく。男のペニスは、頻繁に使われないと衰えるのも早くなる。

セックスレスになると、男が浮気や不倫に走ってしまうのは、本能的にセックス能力が衰えないようにという欲求でもある。性欲が旺盛であることは、セックスする機会をできるだけ多くしたい欲求でもあるんだ。彼女(あるいは妻)が相手をしてくれればいいが、そうでなければ相手を別に求める。彼を浮気に走らせたくなければ、彼の性欲を満たしてあげるのが有効なんだ。

セックスに限らず、好きなこと、楽しいこと、気持ちいいことは、もっとしたい(得たい)と思うものだ。
たとえば、料理。
美味しいと評判のお店で、絶品の料理を食べると、満足感はあるし、また食べに来ようという気になる。ラーメンであれば、カップラーメンよりは専門店のスープや麺にこだわった美味しいラーメンの方が満足感はある。それは料理の質が根本的に違うからだ。

楽しくないセックス、好きになれないセックスは、カップラーメンみたいなものだ。とりあえず空腹は満たせるが、それ以上ではない。最近のカップラーメンは、インスタントとしてはそこそこ美味しくはなっているが、本格的なラーメンに比べればしょぼい。
多くの人が、カップラーメン的なセックスしかしていない。それでは飽きてしまうだろうし、満足感も得られない。

セックスの醍醐味を知るには、それなりの努力が必要だ。それは男女双方にいえる。
男は女性の体のことを知り、女性は男の体のことを知ることから始まり、セックスについての様々な知識を得て、セックスに関するテクニックを身につける。
料理の腕を上げるには、食材の知識やレシピを学び、必要な道具をそろえ、たくさんの料理を作って経験値を上げていく。美味しいものを食べて、肥えた舌を養うことも大事だ。つまり、勉強しなければ美味しい料理は作れない。
セックスも同じなのだ。

食欲と性欲は密接な関係にある。脳の中の快楽中枢は、ほぼ同じところにあり、食欲の満足感と性欲の満足感は共通点が多い。
性的な描写が、食べることに例えられるのは、ここから来ている。

女性が我慢するセックスをしていては、いつまでたってもカップラーメンしか食べていないのと同じ。それでは満足感は得られないし、好きにもなれない。
快感度の高い、オーガズムを得られるセックスをすれば、必然的にセックスが好きになる。
美味しいものは、もっと食べたくなるからだ。

セックスがそういうレベルに到達するには、カップルのふたりが、ともに努力してセックスを高めていく。
そのための第一歩は、男女がセックスについて、よく話しあうことだ。互いの気持ちやセックス観がすれ違っていたら、互いを理解することはできない。セックスはペニスをヴァギナに入れればいいという、単純なことではない。彼が求めていること、彼女が求めていることは違うのだから、双方が歩みよって接点を増やしていく。

それができる相手を見つけることが重要だともいえる。