巨乳が悩みだった

『体と心のセックス・ライフ』2004年5月分(Section-41〜44)

投稿日: カテゴリー: 体と心のセックス・ライフ, エッセイ
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体と心のセックス・ライフ
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Section-41 『女同士の愛し方』

巨乳が悩みだった
巨乳が悩みだった

女性が女性を好きなる。
同性愛、(略してビアン)ともいうけど、男性同士の同性愛とは、ちょっと違った見かたをされているように思う。
たとえば、男性が主体のHなサイトには、女の子のHな画像がいっぱいあるけど、その中に女の子二人の絡みあうビアンな画像もあったりする。それは女の子のための画像ではなくて、男性が見るためのもの。
男性から見ると、ビアンな関係は、同性愛というよりは、二人の女の子に過ぎないのだと思う。
逆に、男性二人が絡みあう画像を見せているのなんて、ほとんど皆無!
なんか不思議。
女性の間では、やおいとかBL(ボーイズラヴ)とか、美形の男性達を描く作品が人気だったりするのにね。

わたしは女の子が好き。
だって、女の子の方が安心できるし、綺麗だから。
それに、女同士だから、恥ずかしさというのもあまりないのよ。
でも、トオルとのセックスも好き。
純粋な同性愛じゃないけど、女同士だと、互いの体と気持ちのことが、よく分かり合えると思う。
涼子ちゃんと愛しあって、トオルとも愛しあう。
だって、二人とも大好きだから。
そんなわたしの、女の子と愛しあう気持ちを書きます。(春海)

■わたしの男性恐怖症

わたしは男性恐怖症だった。
たぶん、家庭内暴力を振るっていた、父親と兄のせい。
一番身近な男性が、暴力的だったので、他の男性も同じだと思っていたの。
そんなこともあって、男性とつきあうなんてことは、考えたこともなかった。
学生時代のことよ。

だからというわけでもないけど、高校、短大と女子校だった。
友だちも女の子ばかり。
男性からは隔離されていたので、学生時代は気楽だったな。

でも、通学の電車の中は別。
当然、男性も乗ってくるので、満員電車は恐かった。
近くに寄られたり、体が触れたりするのが、とっても嫌だったわ。

女子校での話題の大部分は、男性のことだった。
彼氏がどうとか、人気の男性タレントがどうとか、そういう話。
わたしは興味がなかったので、友だちの話にはついていけなかった。
なんとなく、相づちは打ってたけどね。

当時からわたしの胸は大きかったので、制服を着てても、目立っていたわ。
立体裁断とかしているわけじゃないので、大きな胸は、よけいに誇張されていた。それが学校外での男性の視線を集めることになった。
じろじろと見られるのよ。
身長が156センチなので、たいていの男性からは、目線の下に胸があるわけ。電車だと、わたしの胸元が見下ろされることになる。

嫌だったな、こういうのは。
今じゃ、平気になってるけどね(^^)

学生だったわたしにとっては、男性は恐いもの、嫌らしいものだったの。
それが劇的に変わったのは、トオルに出会ったから。
これについては、前にも書いたよね。

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トオルは、男性ではあっても、それまでのイメージとは違う男性だったの。
男性というのを、あまり意識しなくてよかったし、女友達のようにつきあえる人だった。

出会ったときのトオルは長髪で、背中の中程まで伸ばしていた。
優しい顔立ちだったこともあって、パッと見、女の子のようにも見えたわ。
ほんとよ。
色白だし、大柄な女の子って感じ。
わたしの母親がトオルと初対面したときも、女の子に見えたんだって(^^)

そういう見た目の印象もあったけど、匂いも男性っぽくなかった。
汗臭さとか男性的なコロンとかいった匂いがなかったので、生理的にも抵抗がなかったのよ。

わたしがトオルを好きになったのは、男性的な部分ではなくて、女性的な部分だったと思うわ。

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Section-42 『セックスレスの対処法』

夫婦の深刻な問題として「」がある。
原因はいろいろだが、結果として夫婦仲が冷えることになったり、不倫や離婚へと発展する。
結婚未満の恋人関係であれば、セックスレスは別れてしまえばいい。
というよりも、セックスレスの恋人は、もはや恋人ではないともいえる。
しかし、夫婦はなかなか別れられない背景があったりする。
経済的な理由、世間体の問題、子供の問題、離婚すること自体へのマイナスイメージ、年齢的な問題……等々。
結婚には、なにかとしがらみがついてまわる。

離婚はしたくない、だが、セックスレスに不満がある。

そういう夫婦はけっこう多いようだ。
夫婦関係を続けていく理由には、いろいろと事情もあるだろう。

・愛しているから夫婦でいたい。
・経済的に楽だから、夫婦でいたい。
・子供のために夫婦でいなくてはならない。

それぞれで対処法は違ってくる。
夫婦が互いに相手のことを好きであるならば、セックスレスはなんとか解消したいものだ。それがより円満な夫婦関係を持続させることにもなる。
逆に、伴侶に愛情を感じなくなっていても、性欲が失せてしまうわけではない。セックスに対する欲求は、どこかで発散しなくては、ストレスがたまってしまう。
そんな夫婦間のセックスレスについて考えてみる。

■結婚とセックス

好きな彼、または彼女ができると、セックスしたいと思う。
男女の関係は、相手に対する心理的な愛情とともに、肉体的な関係であるセックスを求める。
それは子孫を残すという、生殖本能に由来するものだが、だからといって生殖本能だけで片づけてしまうのは身も蓋もない。

恋人同士であれば、セックスは自然な成り行きであり、必然だ。
だが、結婚は別問題。
結婚は社会的な制度や慣習であって、セックスしたいから結婚するわけではない。結婚とセックスは、付帯条件であって、必然ではないのだ。

ところが多くの場合、夫婦だからセックスするのが当たり前、夫婦関係以外のセックスはいけないこと、という束縛が発生する。
それが社会的な常識となり、夫婦関係のあるべき姿だとして、刷りこまれている。それに反する要求や行動に罪悪感が生じ、性欲の処理ができなくなってしまったり、不倫という関係が生まれてしまう。

誰でも性欲というのはある。
問題は性欲の程度である。
夫婦が互いに求めあっていて、満たされているのなら、あまり問題は発生しないが、どちらかが満たされないと、欲求のはけ口を別のところに求めることになる。

よく耳にするのが、妻あるいは夫とのセックスを拒絶してしまう夫婦だ。
これには心理的な原因が関与しているが、セックスすることを苦痛と感じる人もいる。
セックス拒否は拒食症にも似ている。
逆に過食症があるように、どん欲にセックスでの快感を求める場合もある。
食欲と性欲は密接に関係していて、食べることの快感とセックスの快感で、脳の活動部位も共通している。

結婚に対するイメージには、いささか強迫観念のようなものがつきまとっている。たとえば……

・結婚したらセックスするのが夫婦の営みだ。
・相手のセックスの要求に従わなくてはいけない。
・セックスは毎日するものだ。
・セックスでオーガズムになるのが当たり前。
・結婚したのだから、子作りにはげまなくてはいけない。
・セックスで痛くても我慢しなくてはいけない。
・夜、寝るときにはセックスをしなてはいけない。

……等々、これらのことを先入観として持っていて、結婚したのにセックスライフがうまくいかないことを、悩んでいる人は多い。
こうした悩み相談を見ていると、共通しているのは、結婚前にセックス体験が乏しいことが原因のようだ。
夫婦がともにバージンである場合、経験の無さからセックスの楽しみ方を知らないばかりに、初体験からつまづいているのだ。
単純にいえば、セックスの仕方を知らない。あるいは男性と女性の体のことを知らないという、性教育の不足も関係している。

今回の記事を書くに当たって、セックス相談の掲示板等をリサーチしたのだが、ごくごく初歩的な性知識を知らずに、セックスがうまくできないことを悩んでいる夫婦が多かった。
その結果、うまくいかないセックスがトラウマになって、セックスに対する恐怖心が芽生え、結婚早々にセックスレスに陥ってしまうこともあるようだ。

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Section-43 『頭の良くなるセックス』

セックスに対して抱くイメージとして、

・セックスは性器でするもの。
・セックスの快感は、性器で感じるもの。

といったことがある。
セックスに関連した産業を、下半身産業などと揶揄したりもする。
直接的な刺激は、たしかに下半身ではあるが、性器は刺激を入出力しているだけで、性器が快感を感じているわけではない。

快感を感じているのは「脳」なのだ。

もっといえば、性器への刺激を大きな悦びとして感じるのは、「知能」でもあるのだ。
ところが、性的な興味を抱くこと、セックスが好きなことは、好ましくないといった風潮や、頭の悪い行動のように扱われたりする。
性欲は動物的な欲望であり、性欲を抑制することが、人間的だという倫理観があることも否定できない。禁欲こそが高尚な人間だとも……。
だが、これは間違いだ。
人間以外の動物は、生殖本能だけで交尾をし、セックスを楽しむというような行動はしない。
人間はセックスを楽しむために行い、さらには小説、音楽、映画などの文化としても発展させている。恋愛小説、ラブソング、恋愛映画などである。
つまり、セックスは高度な脳の活動である、娯楽や芸術を生みだしているのだ。
セックスは脳の活動を活性化する。
気持ちのいいセックスは、頭を良くするともいえるのだ。
その「頭の良くなるセックス」とは、どんなものなのか?

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Section-44 『・パーティー(1)』

「今度はみんなで一緒に……」
と、話をしたのは、親友宅に泊まって帰るときだった。
(Section-37 & 38 『指技教室 Part-1 & 2』を参照)
その時点では、いつとは決めていなかったのだが、後日に電話やメールのやりとりで、ゴールデンウイークに集まることになった。
みんなとは、オレ、春海、涼子、そして、Aliasとナナさん夫婦の計5人。
Aliasとは10年来の友人であり、妻のナナさんとも5年ほどのつきあいがある、気心の知れた友人だった。
オレはAlias宅に行って、ナナさんと3Pをした。
ナナさんは夫であるAlias以外の男として、オレとセックスを経験し、大満足していた。そのことが、その後の彼ら夫婦のセックスライフにも、良い刺激と経験になったようで、以前にも増して楽しい夜を過ごしているという。
そしてナナさんはAliasにも、自分以外の女性と経験することが必要だと思っていた。

この点については、オレも春海と涼子に、オレ以外の男を知ることは、刺激と良い経験になると思っていた。
だが、誰でもいいわけではなかった。
信頼できる男、オレ自身も楽しめる相手であることが望ましかった。
その相手として、Aliasとナナさんは最高の組み合わせだ。
それ以前から、こうした話はときどきしていたのだが、なかなか実行する機会がなかった。しかし、オレがナナさんとセックスをしたことで状況が一気に傾いた。
彼らとは、もはやただの友だち以上の関係になっていたからだ。

涼子は乗り気だった。
しかし、春海が渋っていた。オレ以外の男に免疫がなかったのだ。
Aliasとはオレと同じく10年来の友人だが、セックスの相手としては見ていなかった。
オレは無理な説得はしなかった。
春海が嫌なら、春海抜きでも仕方ないと思っていた。
それが、ゴールデンウイーク前になって、気が変わった。
春海の興味は、Aliasではなく、ナナさんにあったのだ。
ナナさんが一緒だから……ということで、オレたち5人は、連休中にエッチ・パーティーをすることになった。
これはそのときのドラマ編である。

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