童貞と処女

『体と心のセックス・ライフ』2003年10月分(Section-13〜16)

投稿日: カテゴリー: 体と心のセックス・ライフ, エッセイ
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体と心のセックス・ライフ
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Section-13 『処女と童貞』

童貞と処女
童貞と処女

初体験は、生涯に一度しかない!
セックス未体験の女性を「」といい、男性の場合には「童貞」という。
英語では、男女に関係なく「バージン」である。セックス初体験を、英語では男女ともに「ロストバージン」という。
誰にでもロストバージンのときがある。初体験はたった一度の経験であり、男として女として、初めて異性と結合する瞬間だ。
これはもっとも興奮するものであり緊張するものでもある。知識として知っていたセックスを、実際に経験することになるからだ。そして、忘れがたい経験ともなる。
男女のどちらか一方が、すでに経験済みであれば、経験者がリードする形で進むだろう。しかし、両者がともに初体験のときは、戸惑いと不安があるものだし、必ずしもうまくセックスできるとは限らない。
あなたのロストバージンは、どうだっただろうか?

ちなみに、virginにTheがつくと、聖母マリアの意味になる。マリアはセックスすることなく妊娠したので処女懐胎というが、聖書を注意深く読んでいくと、具体的な記述はないものの、イエスの父は天使ガブリエルではないかと想像できる。受胎告知をするのは天使ガブリエルであり、マリアが妊娠しているのを知っていたからだ。なぜ知っていたかといえば、マリアと関係を持ったからだ……というのは、オレの邪推である。

北欧の魔女伝説では、処女の魔女が神であるオーディンと交わることで魔力を得られる。オーディン白い血は魔力の源とされ、処女であることは魔女の純潔さを表していた。選ばれし処女は、神と交わることで神聖なものとされたのだ。
男の童貞に関しては、純潔さや神聖さなどとは無縁である。処女性を求められるのは、女性の方なのだ。現代でもこの意識は残っている。

オレの初体験は23歳のときで、今のセックス初体験年齢からいえば遅い(^^;)。東京に出てくる前の、実家に住んでいるときのことだ。相手は2歳年上の女性だった。彼女の名前を仮に、奈緒子としよう。彼女は当時勤めていた会社の同僚で、支社から本社に出向してきたのだ。

奈緒子は年上ではあったが、年上のようには感じない女性だった。オレは彼女に一目惚れした。オレの方が年下だったが、仕事の上ではオレが指導する立場だった。部署が同じだったこともあって、いつも顔を会わせていた。そして、何度かデートに誘い、親密になっていった。

親密さがセックスをするほどになったとき、オレは自分が童貞だといった。それ対して彼女は、バージンではなく二人目の男性だが、セックスの回数は少ないといった。のちに本当にそうだったのかどうかとオレは疑った。年上であることから、見栄を張ったのではと思っている。
初体験の場所は、奈緒子のアパートだった。そして、セックス初体験で、彼女がリードしたわけではなかった。
「トオルくんの好きなようにして」と彼女はいった。
血気盛んだったこともあって、前戯もそこそこにペニスをインサートした。体位は正常位である。
そのときの感触は忘れられない。彼女の膣口に亀頭が触れて、狭い入口を押し広げて挿入するときに、亀頭が締めつけられてビンビンに感じた。

無我夢中だった。
一度挿入すると、夢中でピストン運動をした。
奈緒子は顔をしかめていた。だが、そのときのオレは自分の快感に酔いしれていて、彼女のことはあまり考えていなかった。
経験のないペニスは、早々に射精に達してしまった。
それでもオレは満足だった。初めてヴァギナの中に射精できたからだ。
短いセックスが終わったあとも、オレのペニスは硬いままだった。もっとしたかったのだ。
「もう一回したい」とオレはいった。

いったんペニスを抜いてから、体位をバックスタイルに変えて、2回目をした。初体験以前から、この体位を一番してみたかったのだ。これは男の誰もが思うことだろう。
2回目は長く続いた。それも激しいものだった。
奈緒子はオレの激しさに、声をあげていた。それは痛かったからかもしれないと、あとになって思った。だが、そのときは彼女が感じてくれていると思っていたのだ。
バックスタイルでの射精は、1回目よりも良かった。

その後、彼女とセックスするたびに、いろいろな体位を試した。すべてが新鮮で面白かった。奈緒子には初フェラもしてもらった。フェラについては、彼女も初めてだといった。だから、ふたりでどうすればいいかを、試行錯誤した。これも楽しいものだった。

奈緒子とのセックスは、当初月に2〜3回のペースだった。場所はいつも彼女の部屋だ。会社では毎日顔を会わせていたが、つきあっていることは秘密だった。社内恋愛というのが、あまり歓迎されない空気があったことと、なんとなく公言できなかったのだ。彼女は親元を離れて出てきていたこともあって、知られたくない事情もあった。また、二人で秘密を共有しているということにスリルも覚えていた。
セックスの回数を重ねるほどに、オレもセックスの仕方を学んだ。前戯に時間をかけることや、どうやったらオーガズムに達するかも、奈緒子の体が教えてくれた。奈緒子の乳房は小振りのBカップで、ヴァギナの感度はそれほど敏感ではなかった。最初の頃は痛がっていたが、半年後くらいには、奈緒子をオーガズムにいかせることができるようになっていた。

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オレが本当に二人目だったのかはともかく、セックスでオーガズムを感じたのは初めてだったようだ。彼女がオーガズムを感じてからは、セックスの回数が増えた。会社帰りに彼女の部屋に寄って、セックスしてから帰るということも度々あった。オレも彼女もセックスの快感を強く求めていたのだ。

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Section-14 『彼女を名器にする』

すべての女性が、セックスで必ずしもオーガズムに達するわけではない。
オーガズムを経験したことのない女性も、少なくないのだ。
AVでありがちな絶叫してもだえる女性は、男の願望的なものでもある。恋人や夫婦で、そうしたセックスができる人は、相手に恵まれているともいえる。
バージンの女性が、最初からオーガズムを知っているわけではない。最初は性痛で痛い思いをするのが大半だろう。セックスで気持ちよくなるには、経験から性感帯を目覚めさせる必要がある。
クリトリスが気持ちいいことはオナニーをしていれば自覚するが、GスポットやPスポットの快感は、そのポイントさえも知らない女性がいる。また、男性もそのことを知らなければ、女性はオーガズムの性感帯を開拓することなく終わってしまう。
セックスで女性が大きな快感を得られるかどうかは、男性がどれだけ努力して女性に悦びを与えられるかにかかっているのだ。
パートナーの女性がセックスの“名器”になるには、男性がどう育てていくかがポイントなのである。

女性がオナニーをしている割合というのは、ある調査によれば約7割である。ただし、セックス初体験前にオナニー経験があったかどうかの、具体的な調査は見かけたことがない。これも調査したい性意識調査の一つだ。
オナニー経験のある女性の場合には、ある程度性感帯の訓練ができている場合が多い。もっぱらクリトリス刺激によるオナニーだが、それでもまったくオナニーをしていない女性よりは、快感に対して欲求と敏感さがある。

「XY=ラヴストーリー」の『ヴァギナに関するアンケート』で、GスポットとPスポットでオーガズムを感じたことがあるかどうかの設問をしている。現時点での統計では、
●Gスポットでオーガズムを感じたことがない人が……36.5%
●Pスポットでオーガズムを感じたことがない人が……68.2%
となっている。(知らないという人も含む)
これは考えようによっては、驚くべき結果だ。

当サイトに来るような人は、人並み以上にセックスに関心のある人だろうし、それなりに経験や興味のある人達だ。それでもGスポットやPスポットでのオーガズムを経験したことがないのだ。Pスポットにいたっては、そのポイントさえも知らない人が37.6%もいる。
つまり、多くの女性がセックスはしていても、オーガズムがなんなのか知ることなくセックスをしていることになる。

これは女性として、恵まれないセックスをしているといえる。
春海(オレの妻)の言葉を借りれば、「Pスポットは最高」なのだ。春海がPスポットでオーガズムに達するときは、その興奮度は並ではない(^^)。陶酔しきっているというか、感じ方はものすごく激しい。気持ちいいを通り越して、快感の中にどっぷり浸かっている状態である。Pスポットを知らずしてオーガズムを感じていると思っている女性は、本当のオーガズムを知らないといってもいいだろう。

だが、その春海も最初からPスポットで感じたわけではない。
同様に、オレがこれまでつきあった女性で、奈緒子と美智子も最初からオーガズムを感じたわけではない。(彼女たちについては、Section-13『処女と童貞』などで触れた)
感じ方は女性それぞれだし、感じるに至るまでの過程もそれぞれだ。最初は快感など知らなかった3人のそれぞれが、経験を積むことでオーガズムを感じられる名器になった。

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Section-15 『浮気の本能』

男でも女でも「浮気」は、程度の差こそあっても無縁ではない。
一夫一婦制は宗教的・社会的な便宜的制度であって、人間の本質とはかけ離れたものである。浮気を無条件に肯定するわけではないが、誰しも愛する人がいても、他の異性に興味を持つものなのだ。その興味の程度によって、ただの友だちなのか、愛人なのかということになる。
結婚以前であれば、複数の相手と交際することは、それほど大きな問題にはならない。当事者同士でのトラブルにはなっても、法的な束縛や責任を問われることは少ない。
結婚後に複数の相手と関係があれば、不倫や愛人といわれ、法的な問題にも発展するし、人格を疑われたりする。
浮気の本能を封印することが美徳とされ、ただ一人のパートナーを愛することが尊ばれる。だが、彼女(あるいは彼)以外の女性(あるいは男性)に、まったく性的な興味や欲求を感じないとしたら、性的な不能になっているともいえるのだ。

ある男性がある女性とセックスをしたあと、性欲は十分に満たされてペニスも勃起しなくなったとしよう。
そこに新たな女性が登場したら、男性は再び性欲を喚起され、ペニスも勃起する。

これを「クーリッジ効果」という。
一人の女性で十分に満たされても、別の女性が現れれば欲求はリセットされる。男性に限ったことではなく、女性でも同様のことが起こる。これは動物としての本能であり、性のメカニズムでもある。
「クーリッジ効果」といわれるようになったのは、以下の逸話がもとだ。

 1920年代の第30代のカルビン・クーリッジ大統領夫妻が、養鶏場を視察したときのこと。
大統領より先に鶏舎に案内された夫人は、強くてとても精力的な一羽の雄鳥を見つけた。夫人は農夫にたずねた。
「一日に何回、雌鳥と交尾するのですか」
「一日に12回以上です」と農夫は答えた。
「まぁ! このことを大統領にも話してあげて」
夫人は農夫に頼んで去った。
あとから大統領がやって来て、農夫にたずねた。
「ここの鶏たちは一夫一妻制なのかい?」
「いいえ、大統領。雄鳥は毎回、違った雌鳥とし交尾します」と農夫は答えた。
「大統領夫人にこのことを伝えてくれよ」と大統領は言い残した。

もともと類人猿である人間は、一夫多妻が基本だった。強いオスが群れの中のすべてのメスと関係を持つのが原点である。人間でもこうした慣習が長く続いていた。近代の夜明けまでは、権力者が側室として複数の女性を囲っていたのだ。
この行動は進化の原則でもある。強いオスは遺伝的な強さでもあり、種としての強さにもなった。その遺伝子を多く残すために、多数のメスと交尾した。人類が種としての頂点に立ったのは、古代の人類が強い遺伝子を残したからだ。
いいかえると、現代の人類は種としては弱体化しつつあるともいえる。倫理的な問題は別にして、生物としてはそういう見かたもできるということである。

極論すれば、少子化対策にもっとも有効なのは、一夫多妻、あるいは多妻多夫でもいいが、そうした関係を認めることだ。一夫一婦制では産める子供に限界があるし、経済的にも二人の収入だけでは少ない。それが三人、四人となれば、経済的にも楽になる。また家族が大家族化するので、住環境も数世帯分が一家族分だけで済むようになる。

核家族で経済的にも住環境的にも分散・小規模化して、少子化に拍車がかかっているのが現在だ。かつて三世代が同居していたような時代は、構造的には多妻多夫と同じだったのだ。加えて、昔は兄夫婦と弟夫婦が同居することも珍しくなかった。夫婦間同士にセックス関係はないものの、これは疑似多妻多夫である。

チベット地方には、一妻多夫のコミュニティを築いている部族がある。彼らは男の兄弟がいれば、兄弟そろって一人の花嫁をもらう。働き手である夫が多いほど、家族は潤うという生活の必然となっている。
イスラムでは一夫多妻は認められているし、モルモン教でも同様だ。
モルモン教徒の多く住むユタ州は、1890年に州として認められてからは一夫多妻を否定していたが、1990年代になって一夫多妻が復活してきた。主流ではないが、教祖の教えに返れというモルモン教原理主義の人たちのことだ。

一夫多妻の彼らによると、「2人の妻しかいないときは、妻同士が嫉妬して 地獄だった。しかし、妻の数が増えれば増 えるほど均衡がとれてきた」という。現代の一夫多妻は、妻も働き手になることから、経済的なゆとりが出てくることも関係が良好になる要因だろう。

一夫多妻、あるいは多妻多夫が倫理的・法律的な問題になるのは、一夫一婦制が絶対だとする価値観に基づいている。イスラムやモルモンでは、一夫多妻が良いことだと奨励されているのため、価値観の問題が起こらない。
一夫多妻を女性蔑視だとする考えかたもあるが、それは短絡的な発想だろう。一夫多妻で家族円満、経済的にも満たされるなら、男女の双方にメリットがあることになる。

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Section-16 『10年目のセックス』

10年目の夫婦……といっても、20歳で結婚すれば30歳、30歳で結婚しても40歳。まだまだセックスライフは欠かせないものだろう。
離婚率が高くなって、数年で別れてしまう夫婦も多いが、10年夫婦でいれば、セックスライフも変わってくるものだ。10年経っても愛しあっているのか、それともセックスレスになっているのか……。
子供がいるかどうかでも違ってくる。
結婚してすぐに子供が生まれれば9歳〜10歳となり、住宅事情の問題でそうそうセックスできる環境ではないかもしれない。壁を隔てた隣の部屋に9歳の子供がいたら、オーガズムのあえぎ声を出すわけにもいかないだろう。
私たち夫婦には子供はいないので、そうした心配はない。好きなときにセックスできるし、オーガズムでも大丈夫だ(^^)。
だが、10年間同じ相手とセックスしていると、いろいろと工夫は必要だ。平均3日に1日セックスしてきたとして、10年で1200回あまりともなると変化や刺激が欲しくなる。
愛しあうにも創意工夫が必要なのだ。

●セックス・スタイルの変化

新婚当初……といっても、オレたち夫婦は結婚前から同棲していたので、実質的な新婚生活はつきあいが深まった頃から始まっていた。4年ほどの同棲時代があったので、新婚生活はこの期間に相当する。
同棲・新婚時代は毎日のようにセックスをしていた。

夜寝るときにはセックスをしてから……というのが、日常だった。朝起きたらセックスということも珍しくなかった。この頃は毎日のセックスが、生活のサイクルとなっていた。
二人とも若かったので、精力だけは旺盛だった。春海が一番セックスを求めていた年齢でもあった。
男のオレがセックスをしたいと思うのは当然だが、女の春海からセックスの前戯を始めることもよくあった。この頃はセックスをすることに躊躇も苦労もなかった。時間さえあれば、二人で愛しあうだけでよかった。

当時は今ほどにはアダルトグッズが一般的ではなかったので、小道具や媚薬の類を使うこともなかった。そもそも、その必要性がなかったのだ。春海はローションなどなくても、十分に濡れていたし、オーガズムに達するのも容易だった。
ただ、避妊ピルだけは飲んでいた。これは毎日、快適にセックスするために必要なものだった。当時は産婦人科に行って、医師の処方がいるものだったので、春海は数カ月おきに産婦人科へピルをもらいに行っていた。

セックスの体位は春海とセックスするようになって、初期の段階でほとんどは試した。
「XY=ラヴストーリー」のアンケート結果でも同様だが、もっとも多いのは正常位だ。春海が好きなのは、女性が上になる正常位と、女性が俯せになってバックで攻める背後位だ。オレが好きなのは、女性が四つん這いになるバックスタイルと立った姿勢でのスタンド・バックだ。
互いの好きな体位をうまく組み合わせて、1セットのセックスをしていた。だいたい、体位を変えて2度はするのが通例だったのだ。

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